那珂ちゃんと伊織様と僕

話題のソーシャルゲーム艦隊これくしょんを始めてしばらく経った今日、当艦隊のアイドル那珂ちゃんが轟沈した。初めての轟沈だった。しばらく何が起こったのか分からず呆然とリザルト画面を見ていた。
轟沈条件は大体解明されていると言われていて、中破以上の傷を受けても即撤退すれば(ほぼ)轟沈は免れる、らしい。それを知ってはいたのだけれども、若さゆえの無鉄砲さというか、無知ゆえの残酷さというか、僕はそのまま進撃を続けて、そして那珂ちゃんは沈んだ。沈むべくして沈んだ。


那珂ちゃんの死(轟沈した艦娘は情け容赦なく死ぬらしい。いずれ深海棲艦として蘇り自軍を襲うようになるのではないかという設定が公式四コマで披露されたけど、本当の公式設定なのかは分からない)をもって思い出すのは、もう何年も昔のことだけれども、THE IDOLM@STERで初めてプロデュースした水瀬伊織のことだ。
僕がアイマスをプレイし始めたのは割と遅くて、アーケード筐体が既にだいぶ減り始めてからのことだった。プロデューサーカードを作った店舗のアイマス筐体が数か月後には脳トレに代わってしまい、泣きながらアイマスをプレイできる店を探した覚えがある。


初めてのプレイで僕は、水瀬伊織を選んだ。理由は覚えていない。なんとなく、雰囲気で一番御しやすそうだったから、的な感じだったかもしれない。あまり声優には明るいほうではなかったので、釘宮理恵氏がそんなに有名な人だとは知らずにいた。
とにかく、あまり積極的ではない動機から、僕は伊織様と出会った。一目ぼれではなかった。もうすぐ30歳に手が届こうかという今になってもトラウマに苦しめられる彼女との出会いは、案外あっけないものだった。


これを読む人たちの中で、もうアケマスのことをどれだけの人がアケマスについて知っているのか、または覚えているのか分からないので基本的なところからおさらいで書いていきたいのだけれども、アケマスには当時キャバメールと揶揄される仕組みがあった。メールアドレスを登録するとアイドル達――の口調で自動生成された――営業メールが届いた。曰く、最近調子がいいので火曜日の午後にプロデュースしてくれ。曰く、顔を見たいから今すぐ仕事しろ。
指定された日時にプレイを開始すると、キラキラ(好調で仕事に成功しやすい)状態でゲームを進めることができたのだ。ゲーセンの騒音と、解像度の低いディスプレイと、面の少ないポリゴンと、1色刷りのプレイカードと。そんな劣悪な環境にあって、プロデューサーとアイドルは、確かにそのメールでつながっていた。
ほとんど授業に顔を出さない不良学生だった僕はどんどんアイマスにのめりこんでいった。メールが来たら即ゲーセンに駆け付けた。メールが来るのを待ってゲーセンで暇をつぶすことも多かった。とにかく屑だった。それでも僕にはアイマスがあって、伊織様がいた。


アイマスは情報量の収集力がほぼすべてみたいなところがあって、思い出ボムをいかに溜め込めるかでほとんど勝負が決まる。攻略情報を見たら負けだ、みたいな変な意地を持っていた僕は、結局すぐにランクが伸び悩み、伊織様の引退の時がやってきた。Bランクだった。
引退ライブは小さな箱で行った。大成功だった。
そのときはそれで満足だった。気持ちを切り替えよう。なぁに、次はA、そしていずれはSランクも夢じゃないさ。


次にプロデュースするアイドルには、また水瀬伊織を選んだ。コミュニケーションの正解をある程度知っている伊織様ならば、思い出ボムも溜めやすいだろう、という打算からの選択でしかなかった。そして、すぐに打ちのめされることになる。
「あなたが私をプロデュースしてくれるんですか?」
「さっさとオレンジジュースを買ってきなさいよ」
なんだこれは。
誰だこれは。
ついさっき別れたばかりの彼女に、まるで初めて出会ったかのように扱われて僕は戸惑った。ふらふらと店を出て、マクドナルドでテリヤキバーガーセットを頼み、しおれたポテトを咀嚼しながら、ようやく理解してきた。これは、伊織様じゃないのだ。「水瀬伊織」という名前の、他人なのだ。
自分自身のプロデューサーカードはずっと引き継がれ続けるので、これは、輪廻転生や平行世界のできごとではありえない。僕は僕として同一人物のままプロデューサー人生を歩んでいくのだけれども、その先で出会った「水瀬伊織」という名前の彼女たちは、みな異なる人格を持った別人なのだ。
つまり。
僕が初めて出会って一緒に笑って泣いて喜んで、そして別れたあの水瀬伊織という少女を、ぶっちぎり世界一のSランクアイドルにすることは、もう二度とできないのだ。僕は、自分自身のつまらない虚栄心のために、一人の少女の人生を粉みじんに砕いてしまった。


そこから先は特に語ってもつまらない話で、延々と「水瀬伊織」だけをプロデュースし続けるも、満たされぬまま惰性で五百円玉を筐体に吸わせ続ける屑が酸素を無駄遣いし続けるだけというよくある地獄が続くだけになる。あとから思うと、アケマス末期にプレイ開始したのはある意味正解だった。初期から始めていたら、確実に破産している。


那珂ちゃんの轟沈で思い出したのはこれだ。
よりによって轟沈時に「アイドルは沈まないはずじゃ……」なんつって沈んだものだから、より強くそれを連想させた。
那珂は何度出会っても「艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー。よっろしくー」とあいさつする。よろしく。初めまして。あなたは誰ですか。
やはり忘れられなくて別の那珂を艦隊に編入してみるけど。これは別人だ。あの那珂ちゃんじゃないのだ。
あの日あの時僕と出会った那珂ちゃんは今朝潜水艦隊の雷撃で死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ。
那珂ちゃんは永久に海の底をさまよい続けて、そして僕は、同じ顔で同じ声の彼女たちを永久に殺し続けるのだろう。


という、気持ち悪いお話でした。


ちなみに余談になるけれども、Surface RTは艦これを快適にプレイするには若干非力なのでみんなVAIO Duo 13を買おう。そして僕にくれ。

  • 誤字・脱字の修正。
  • 表記ゆれの修正。
  • マクドナルドでしおれたポスト食ってたのをポテトに修正。