主♀×チェレ

「また、負けたのか……」
 最後のジャノビーが破れ、チェレンがうなだれて呟く。幼馴染みがそんな調子なもんだから、勝ったあたしもあんまり喜ぶ気にはなれない。
「でも、チェレンもすごく強いよね。バオッキーがやけどを残してくれなかったら、押し負けてたのはあたしのフタチマルだった」
「もしも、の話はしなくていいよ。勝負は結果が全てさ……ほら」
 破れたポケモンたちを手当てしながら、チェレンがげんきのかけらを放ってきた。キャッチして「ありがと」と応えたが、チェレンは背中を向けて振り返らずにレパルダスにきずぐすりを塗っていた。
 チェレンは勝負が終わるといつも、あたしにポケモンをきずぐすりをくれる。最初の頃は固辞していたのだけれど、「傷ついたポケモンを連れ歩くなんて、トレーナー失格だよね」と迫られて以来、ありがたく素直に頂戴することにしていた。
 実際、チェレンの薬はありがたい。自分も見習おうとは思うのだが、たまに思い出したときに買い足す程度で、あまり備蓄量について気にしたりはしない。
 そんな自分はやっぱりトレーナー失格なのかもしれない、と思うとちょっとだけ凹んでくる。
「敵わないなあ」
「……何がだい?」
 わ。独り言のつもりが、聞かれていたらしい。あたしはちょっとだけ赤面して、チェレンに答えた。
「だって、チェレンてばいつもすごく準備がいい。あたしは駄目だな、くすりも持ち歩かずに洞窟なんかずんずん進んじゃって。やっぱチェレンの言う通り、トレーナー失格かな」
 あまり深刻に聞こえないよう、少しだけ茶目っぽく言った。それでもチェレンの顔を見るのが気恥ずかしくて、ハーデリアの傷を治すふりして俯いてた。ごめん、ハーデリア
「……多分、それは違うよ」
「えっ?」
 てっきりいつものように「もっとしっかりしないと」なんてお小言がくるものと覚悟していたあたしの耳に、意外な言葉が届いた。
 不思議な気持ちがして顔を上げると、いつになく真剣な表情のチェレンがそこにいた。
「違うって、どういうこと?」
「多分それは、君がトレーナーとして優秀すぎるからさ」
 真顔のまま、なぞかけのようなことを言う。
 よく分からない。優秀なトレーナーだったら、備えは万全にしておくものじゃないのか。
 そう言うと、チェレンは、そうだね、と肩をすくめた。
「君にとって、その最小限のきずぐすりが、万全の備えなんじゃないかってことさ」
「この2、3個が?」
「そうだよ。思うんだけど、君、全滅なんか経験したことないだろ」
「うん。だって一人きりで街の外を歩くのは怖いもん」
「つまりそういうことさ」
 さっぱり分からない。
 何がどうしてどういうことなのか、まったく理解できなかった。自分がトレーナー失格の上に言語障害まで患っているのかと再び落ち込みかけたところで、チェレンが助け船を出してくれた。
「つまり、きずくすりやげんきのかけらなんかでごり押ししなくても安全に進める範囲を、無意識に理解しているってことさ。だから自分のポケモンには無理をさせない。いわば君のその2、3個のきずぐすりは、本当に最後の最後のときまで使われない安全策ってことさ」
「……それは単に臆病なだけだよ」
「臆病な奴は、カノコタウンからこんな離れた街まで一人と六匹で来たりしないさ。誇っていい。君は強い」
「あ……うん。ありがとう」
 カノコタウンを旅立ってから、チェレンにこんなに素直に褒められたのは初めてかもしれない。喜びより驚きの方がまさって、少し間抜けな顔で答えてしまったかもしれない。
「でも、僕はもっと強くなるよ」
 だけどそんな嬉しいようなむずむずするような不思議な気持ちも、チェレンの苦々しい顔を見ていたら霧のように散ってしまった。
「僕は強くなる。強くならなければいけない。君も、チャンピオンも、あのNって奴よりも強くなって、イッシュで一番になる」
チェレン……?」
「誰よりも強いトレーナーになる。そうじゃなきゃイッシュを出た意味がない。ベルは僕が知る中で一番優しい人間だ。君は誰よりも早く友達を作るとこができる。僕に残されているのは強さだけだ。僕は誰よりも強くなるためにカノコタウンから旅立ったんだ」
 そう言い捨てるチェレンの姿が本当に弱々しくて、苦しそうで、今にも砕けてしまいそうで、気付いたらあたしはチェレンを後ろからそっと抱き締めていた。
「大丈夫だよ」
「え? ちょっと」
 チェレンが小さくあたしの名を呼ぶ。あたしはもう一度、大丈夫だよ、と告げた。
「心配ないよ」
「な、何が?」
「だってチェレン、すごく強いもん。ポケモンのことだけじゃない。チェレン、あたしたちの中で一番優しい。ベルの優しさとはまた違った優しさ。
 それはきずぐすりのことだけじゃないよ。チェレンて、あたしが困ってるときも、ベルが落ち込んでいるときも、そっと、気付かれないように助けたり慰めたりしてくれるよね。
 あたしたちが初めてミジュマルたちと出会ったとき、本当はチェレンポケモン勝負なんてするつもりなかったんでしょ。でもあたしとベルが浮かれてポケモン勝負を始めちゃって、おかげであたしの部屋が滅茶苦茶になっちゃって。
 だからチェレンも自分でポケモン勝負して「部屋汚しの共犯」になることで、あたしとベルが謝りやすい雰囲気を作ってくれたんだよね。あのときは自分から「謝りに行かないと」なんて言って、ちょっとだけ笑っちゃったけど。
 あたしがすぐに誰とでも仲良くなれるって言うけど、それは違うよ。だって今も、一番好きな人はあたしなんか興味持ってくれなくて別のことに夢中だもん。
 ねえ、知ってた? ベルってチェレンのこと好きなんだよ。ベル、いつも言ってる。チェレンは優しいし、すごく周りを気遣ってくれるし、まっすぐで正直だし、一緒にいて疲れないし、ちょっとだけうぶなところとかかわいいし、ポケモンに対する知識はアララギ博士にだって負けてないし、背が高いし、いつもげんきのかたまりくれて気前いいし、お金持ちっぽそうだし、ポケモン以外に娯楽とか知らなさそうだから将来的にも貯金はバッチリだし、舅も姑も単純そうでちょろそうだし、それとあと眼鏡萌えなんだって。
最後の方はあたしにはよく分からないけど、ほら、こんなにチェレンのいいところが出てきた。
 だから、そんなに頑張りすぎなくてもいいんだよ。チェレンのいいところはみんな知っている。少なくともあたしは知っている。チェレンのいいところ、誰にも負けないくらい輝いてる。だからチェレンも……チェレン?」
 さっきから黙りきっているチェレンが不思議になって、肩越しに顔を見ようとする。が、頭を近付けた途端に顔を背けられた。
「あの……ひょっとして怒っちゃった? それとも呆れてる? ごめん、あたしばっかり一方的に話しててチェレンの――」
「……違う」
「え?」
「違う。そうじゃない。今の話のせいじゃない」
「あっ、もしかして、さっきのポケモン勝負でどこか怪我をしたんじゃ」
「そんなことじゃない! 違うよ! 君の胸が僕の背中に当たってるんだよ!」
「は? ……えーっ?!」
 驚きのあまり、さっと身を引く。2、3歩あとずさって、腕で胸をかばった。
「チェ、チェレン、さっきからずっとおっぱいばかり……?」
「そうだよ! さっきからそればっかりで話なんか全然頭に入ってないよ! 僕だって健全な男だんだからそんなの当てられたら気になるに決まってるだろ!」
「そっ、そんなこと考えてたの?! 妙に神妙な顔で聞いてると思ったら」
「神妙にもなるさ、さっきからメリープの数を数えっぱなしで頭の中の牧場がパンクしそうだよ! おまけに話がヒートアップするたびに体をくねくね押し付けてさ! 当たるんだよ! 先っぽが! もういい歳なんだから下着くらいつけろよ勘弁してくれよ!」
「なっ、ちょっ、もう! 勘弁してほしいのはこっちだよ! 人が恥ずかしい思いして恥ずかしいこと言ってたのに、チェレンたら別の恥ずかしいこと考えてたんだ、最低、変態、信じらんない!」
「最低で悪かったね男なんてみんなこんなもんさ!」
 そのチェレンの言葉に、さっきまで真剣に考えていた自分のことがひどく馬鹿馬鹿しく思えてしまった。
 なんだこれ。畜生。みじめだ。
「分かった。もういい。チェレンなんか知らない!」
 それだけ言って、乱暴に荷物をまとめる。荷物なんていっても、さっきチェレンにもらったきずぐすりと、広げたモンスターボールくらいだけど。
 心配そうにこっちを見つめるフタチマルたちに心中で謝りながらボールに戻す。
「それじゃ。きずぐすりとげんきのかけらありがとう。次に会うときまでに反省しといてね」
「あ、待って」
 まだ何かあるのか。ひょっとして謝罪の言葉でも聞けるのだろうかと思って、目線だけチェレンに向ける。
「……何?」
「あ、いや。単純な好奇心なんだけど。……君の思い人って誰?」
 顔が沸騰するかと思った。
 聞いてないなんて言っておきながら、よりによって一番聞き飛ばしてほしいところをしっかりはっきり聞いている。
 彼は昔からそうだ。何気ない顔をしながら、こういう一番大切なことだけは絶対に聞き漏らさないのだ。
「……チェレンもよく知ってる人だよ」
 なんとかそれだけ絞り出すように告げて、今度こそ歩き出した。
 もう絶対に振り向かない。今のあたしの顔を見られたら、いかに朴念仁といえどあたしの思い人が誰なのか知られてしまう恐れがある。
「あ、それともう一個」
 振り向かない。それでもチェレンの声は止まらなかった。
「結局、君の知ってる僕のいいところってどこなの?」
 刹那に止まりそうになる脚を叱咤して、逆に、全力で走り出す。5分ほどそのまま走り去って、今度こそ振り向く。チェレンはもう、興味無さげに自分のポケモンの手当てをしていた。
 両手を口に添えて、精一杯の大声で叫ぶ。
「全部好きだよバカー!」
 チェレンに反応はない。ジャノビーだけが顔を上げて、こっちを見る。
 それだけ確認すると、あたしはもう一度振り替えって、今度こそ全力で走った。
 ベル。ごめん。あたし、抜け駆けしちゃったかも。


みたいな甘イチャラブが読みたいんですが誰かこういう薄い本知りませんか。