コンピュータの巨人たちの星

「知り合えてよかったよ、スティーブ・ジョブズ。両陣営の間に、ベンダーの色分けには左右されない強い絆があるとわかったのは非常な慰めだ。いつかまた会おう。しかし、もうその日が来ないとしたら……」彼はみなまで言わずに右手を差し出した。
 ジョブズも立ってその手をしっかり握った。「きっと会おう。状況は必ず好転するよ」
「だといいがね」ゲイツは手をはなし、踵を返して池の端を歩き出した。
 ジョブズiPodを強く握りしめて、運命との果たし合いに臨むべく立ち去ろうとしている眼鏡をかけた背の高いギークのぎくしゃくとした後ろ姿を見つめた。子供たち<ウィンドウズファミリー>の笑顔を瞼に描いて死んで行く覚悟であろう。見捨てることはできない、とジョブズは思った。何も知らずに死地へおもむく彼を黙って見送ることはできない。
「ビル!」ジョブズは彼を呼び止めた。
 ゲイツは足を止めてふり返った。ジョブズはその場を動かなかった。マイクロソフトCSAはゆっくりとベンチの傍に戻った。
「一敗地にまみれた、ときみは言ったね。それは違う」ジョブズは打ち明けた。「intel Macで、今もウィンドウズとデュアルブートは続いている……アップルはやったんだ。virtualPCは必要ない。もう何週間もウィンドウズが動いているんだ。ブートキャンプは進んでいる。世界じゅうのAMDが束になってかかっても、もはや友好を阻害することはできないんだ」
 ゲイツはじっとジョブズの顔を見つめた。ジョブズの言葉が彼の胸におさまるには長い時間がかかった。やがて、ジョブズはゆっくりと、それとはわからぬほど微かにうなずき、どこか遠くを眺める目つきで低く言った。「ありがとう」
 彼は向きを変え、今度は夢の中にいるかのようにそろそろと歩き出した。二十ヤードほど行ったところで、彼はまた立ち止まってジョブズをふり返った。ゲイツは無言で手をふった。次に歩きだすとすぐ、その足取りは目に見えて軽くなった。
 二十ヤードを隔てて、ジョブズゲイツの顔に輝く歓喜をはっきりと見た。ジョブズゲイツの姿がボートハウス付近の人込みに消えるまで見送り、それから向きを変え、反対側のサーペンタイン橋を指して歩きだした。